ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室と老害アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

主体的に学習に取り組む態度?なにそれおいしいの?

(以下、完全に時代に取り残された老害ジジイのぼやきです。そもそも中学校の評価評定に興味のない方には全く需要のない、恨み節そのものですので、読んで気分を悪くされる方もいらっしゃるかもしれません。特に意識高い系の教育関係者の方々は、スルーしていただけると有り難いです。)

さて、去年まで中学校の国語の通知表は、他の教科と違い観点が5つありました。すなわちその①「関心・意欲・態度」その②「話す・聞く力」その③「書く力」その④「読む力」その⑤「知識、理解、技能」という5つです。(他の教科が4つだったのに、なぜか国語だけ5つあったのですよ。)ですから、定期テスト以外のもので、その5つの観点の資料を集めるのが、結構大変でした。それが変わりまして今度から全教科3つになりました。曰く、その①「知識・技能」その②「思考力・判断力・表現力」その③「主体的に学習に取り組む態度」と。

で、ですね。5つから3つになったのなら、楽になったんじゃないの?と思われるかと思いますが、この③の「主体的に学習に取り組む態度」ってやつが、どうもくせ者、というか訳が分からない。せっかく定年を迎えるってのに、最後の最後に嫌がらせのように新しい抽象的な?ものをぶっこんでこられて、甚だ迷惑としかいいようがないのですよ。(ここから延々と、文○省に対する恨み辛み逆ギレ怨嗟が続きますし、「意識高い系」の国語の先生は、「いまごろになって、何言ってんだコイツ?レベル低すぎて草」としか思わないでしょうが、悪しからず。不愉快な方はそっ閉じ推奨。)


「主体的に云々」は、以前までの観点で言うと、「関心、意欲、態度」に近い項目と思われますが、教員になってからずっと今まで使ってきた、由緒正しい?「関心、意欲、態度」関連の評価の材料について、ほとんどの内容でNGが出されています。何回も述べていますが、私自身はポンコツで、新指導要領もさらっと目を通しただけで、くわしいことはわかりませんし、あまり知ろうという意欲もありません。ただ教務関係の校内研修会やら、管理職からのお達しによって、断片的にこんなイメージをもっています。

その1 「ワークやノートを提出させて、やってある分量やノートのまとめ方の正確さ、キレイさなどを、主体的に云々の評価評定資料とするのは趣旨から外れる」とのこと。いや、正直なところ、「○○ページから○○ページまでワークをやっておいで、点検するから。」は、それこそ教師になってからずっとルーティーンでやってきました。確かに、テスト直前になって、ワークの模範解答が配られてからアリバイ作りのように、自力で解くでもなく大急ぎで「答えを写すだけ」のワークを、ドヤ顔で提出されても「良い態度」とはいえませんわな。ただし、何パーセントかは必ず居る、「写すことすらやってこない、あるいは提出もしない」生徒を、「意欲がない「態度が悪い」と見るのは間違っていないと思います。つまり、「あまりプラス評価の当てにはならないが、マイナス評価の当てには絶対になった」のですよ。何よりも点数化するときに、ある程度基準を明確にすることができた。それがダメだと。さて、何を使えばいいのか。(※ということで、今年からワークを廃止し、単元別業者テストを導入してみましたが、これもちょっと使いづらい。知識と思考の資料はやたらふえましたけれど。そもそも国語という教科は「勉強の仕方が分からない」と生徒がよくボヤくのですが、ワークがなくなって生徒が勉強法で困ってる空気をひしひしと感じます。テスト前にワークだけやって終わり、というのも困ったものでしたが。)

その2 「継続的な取り組みと、その変貌を評価に活かせ」的なことも言われましたな。何かの材料で評価するのでも、1回で判断するのではなく、「粘り強く学習にとりくむ」ことでその材料についての理解や意欲的な取り組みが深まったか、強まったかどうかを見ろと。そのためには例えば再試や追試をどんどんやれと、そういうことらしいです。(まぁこれはうちの管理職が言っていたことなんですが、どうなんでしょうかね?)で、やってみたわけですよ。例えば漢字の小テスト。前もって出す漢字の範囲を指定し、練習用のプリントを配り、その中から出題して採点するわけですが、当然練習なんてしてこ生徒生徒がいるわけです。そして10点満点の2点とか3点とか取るわけです。そこでお達しに従って、希望者には同じ問題で再テストをする、と宣言し、次の時間に「希望者」に再テストをしたのですが、どうなったと思います?

はい、これがこっちの望む2点とか3点とかそういうレベルの子が、全然希望してこない!むしろ7点とか8点とか、あるいは9点の子ばっかり再テストを受けたがる。

だからといって、点数の低かった子を指名して「再テストを受けろ!」なんて言おうものなら、「点数が低かったことをみんなにバラすつもりざますか!プライバシーの侵害ざます!差別ざます!qあwせdrftgyふじこlp;@:「」!」・・・とかなるのが目に見えていますわなぁ。つまり、再テスト受けようなんて思うのは、それこそそもそも「意識高い系」の生徒ばかりなんですよ。

その3 まだまだあるのですが、長くなったのでこれで最後にします。何やら、いろんな提出物には「振り返り」を書くスペースを付けて、その内容を読んで次回への取り組みの意欲や、次に活かせるような自己分析を評価に活かせ、とな・・・

あのねぇ、生徒は意外とそういった方面には利口なので、この「振り返りの内容は評価評定に使います」と知ったなら、それなりに殊勝なことを書いてきますって。結局は「どういう内容を書けば先生にウケるか」がわかっている、ずるがしこいお利口さんの生徒は、心にもない反省や振り返りを書いてきますよ。(というか、自分が生徒だったら絶対にそうします。ある意味国語的能力の発揮とも言えますが。)さらにそれをどう判断して、どう点数化すればいいのでしょう?定年間近のジジイにはわかりませんわ。

ということで、時代について行けないジジイの戯言というかボヤキをつらつらと述べてきました。いえ、わかってるんです、こんなボヤキはとっくの昔に議論されてきたであろうことを。「そんな話はずっと昔に通過した内容だ」と言われるであろうことを。

でもねぇ、わからんものはわからんのですよ。ならぬことははならぬものですよ。

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・・・まったく訳のわからない話になってしまいました。同意してくれる「意識低い系」の国語の先生が、少しは居てくれることを切に願います。(こういうのを「同病相憐れむ」というのでしょうか。)どっとはらい