ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室と老害アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

こんな雑談をしてきたその13(平家物語と桃太郎)

その12では、「故郷」の表記にかこつけて、陰陽五行説の雑談をした話を書きました。で、今回は「平家物語」(扇の的)にかこつけて、時刻と十二支からの~「桃太郎」につながる、という雑談の話です。

「ころは二月十八日の酉の刻ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。・・・」と続く「扇の的」の出だしです。この「酉の刻」ってのが、午後六時頃というのは、口語訳の中にでてくるわけですが、さてこの酉の刻とはどういうことか?もう午後六時ってことは教科書の脚注に書いてあるわけで、それで済ませても全然良いわけですが、ここから桃太郎の話にどうつながるのか乞うご期待。

まずは十二支を知っているかどうか、というレベルから探っていくことにしますが、そもそもの話として、生徒が「年賀状を書かない」ようになってきていることもあってか、十二支の順番すなわち子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥・・・が分からない生徒がかならいの割合でいます。そこでまずは時計のようにこの十二支を描き、二十四時間で一回り、つまり二時間ごとに一刻となることを説明します。

十干十二支・時刻と方位 横浜市泉区

子は23時~1時、この区切りで行くと午(うま)が11時~1時。したがって12時は「ちょうど午」つまり正午となり、コレより前が午前、後が午後になる、というあたりは、生徒でも結構気づいてくれますね。ちなみに午と書いてあっても「牛」と読む生徒は沢山居ます。「牛の角がないだろ、だからこれは「うま」と読むんだ。」とか雑な説明でお茶を濁してから次へ。(そういえば、うさぎの「卯」も、「卵」と読む生徒もたまにいますね。例の牛丼屋「なか卯」を「なかたまご」と読んでたらしいです。)

従ってこの区切りで行くと、酉の刻は午後6時頃になると。(この字が偏だと「とりへん」と読む、ということは1年生の時に学習しているのですが、まぁきれいさっぱり忘れてますわナァ。残念。)

さらに、合わせ技で時計の様にも見えるけど、方位磁石にも見えるよね?と振っておいて、強引に方角の話に持っていくわけです。(この辺り、多分に個人的なオカルト趣味の押し付けになってしまいますけどね。反省はしている。だが後悔はしていない。)

さて、北の方角が子(ね)の方角になります。皆さんご存知とはおもいますが、続く丑の方角、寅の方角の間、つまり北東の方角を「艮=丑寅(うしとら)」の方角といいます。つまりそして昔からこの北東の方角を「鬼門」と呼び、色んな説がありますが、この世とあの世をつなぐ方角であり、この北東から邪なる「モノ」がやってくるのだとされているとか。(このあたり私なんぞよりディープな知識をお持ちの方はたくさんいらっしゃると思いますが、まぁ中学生への説明だという前提で、笑って許してください。)

で、「草木も眠る丑三つ時」である午前1~3時ころが、一番お化けがでる時刻とされてます。

中学生への振りはこう続きます。「さて、鬼門とは鬼の門と書き、この「うしとら」の方向から鬼やらモノノケが出入りするわけだが、ここで何か気づかないかね?」ぽっかーん。「・・・鬼ってどんな格好している?」あっ!・・・ここで鬼が「牛の角が生え、虎のふんどし(パンツ?)をはいている。」のは何故か?に気づきます。

さらにここから目を転じさせて、「では、裏鬼門、つまり丑寅の逆側は何の方角になる?」未申(ひつじさる)「つまり鬼の逆サイドが「ひつじさる」なわけだが、羊はちょっとおいといて、さるの次は?」とり!「その次は?」いぬ!「さる、とり、いぬ、で何か気づかないかね?」あ、桃太郎!「そう、北東の方角である鬼門から来る鬼に対して、南西の方角である裏鬼門のさる、とり、いぬで対抗したのだそうだ。」へー。

これも中国から入ってきた考え方だし、たぶんですが昔は日本でひつじは一般的では無かったので、一つずらしてさる、とり、いぬにしたのだと思います。酉(とり直接直接キジではないでしょうが、そこは日本の国鳥とされるほどなじみが深い鳥だったから、鳥族代表としたのでしょうね。

とまぁ、例によって「ほんのちょっとだけ関係のありそうな雑談」をして、また授業が進まないという、いずれ市教委や文科省から「メッ!」とされそうな内容の話でした。反省はしている。だが後悔はしていない。

まぁ・・・薄々おわかりだと思いますが、そもそも反省もしていません。でもやらかした生徒でも「とりあえず反省の様子を見せれば指導が通った」ことにされてますし、だいたいはまた同じ事をやらかしますが、結局はそれの繰り返しなわけです。だから、「これでいいのだ。」←ひどいケツのまくり方だなぁおい。

 おあとがよろしいようで。

 

部活(その他)についてのボヤキその②

さて、前回の続きで、圧倒的に数多く寄せられる「部活廃止」の声についてです。そもそもなぜ「地域移行」やら「外部委託」が無理筋か、ということなのですが、まずは私の個人的な部活状況をざっとご紹介します。( 私は比較的部活指導についてはゆるい方で、いわゆるBDKではありません。それでもこのざまです。)ではご覧ください。

教育実習中の部活動は参加しなくてOK?〜ケース別に徹底解説!〜 | Ryosuke-studys 何度も言いますが、好きでやっている先生に文句はありません。

①6時間授業の日は大体16:10~18:30までの2時間ちょい。週に2~3回体育館が当てられる。終業は16:45だが、そこから後は当然のように無償=残業代0。校務や会議があるときは、まずはそちらを優先するので、最初から最後まで指導することは難しいが、それでも、もし怪我や事故があったら責任は問われるでしょうな。          

②札幌の中学校のルールとして、「土日はどちらか1日だけ」となっている(し、私の学校は平日の朝練を禁止としているのでまだマシな方かも)たいてい土曜に3時間(アップ、片付け含め)部活をやり、1日2700円=時給900円。前、中、後と2時間半の3部制になっているので、前ならともかく中、後だと丸一日つぶれる感じ。土の後や日の前、中に割り当てられると泊まりがけの旅行などはまぁ無理ですね。                                 

③中体連、新人戦は大抵土日2日とも、朝から夕方まで拘束されるが、何時間かかろうとも1日3500円(朝8時~夕16時までなんてことは良くあるので、8時間拘束として時給438円ナリ。たとえ「引率だけ」でもこりゃ無いよなぁ。)                                        

④土日や大会引率の行き来の交通費など出るはずもなく。(ガソリン代にすると結構な額になりますな。)                                  

⑤中体連、新人戦以外のいわゆる「協会主催」の大会が年に3~4回。これは何時間会場に居ようとも、地区大会だと「交通費1000円」+「昼食」+土日の分「2700円」也。時給は出しようがないですが、まぁ500円ちょっとでしょうかね。これが全市大会だと、交通費も昼食も出ないので時給400円切りますし、午後まで勝ち残って昼食を自腹で払う羽目になります。どこからも出ません。弁当持ってこいってか?                                   

⑥年度の初めに、学校から「部活動指導者費」として年間2~3万(これは学校によって違いますね。うちは多い方)ただ、コレを平日の2時間チョイの指導費1年分=月に10回×12ヶ月(夏休み冬休みは練習が普段より増える)・・・と考えると、日給300円以下になりますな。                               

⑦「市費」とやらが「指導費」という名目で、5000円くらい下りる・・・のですが、以前はこれでシューズや靴下やタオルなどを買えていました。(差額は自腹!)ところが数年前から、「教師個人で使う物は買ってはならない!生徒に還元しろ!qあwせdrftgyふじこlp;@:「」!」というお達しが出て(どこからクレームが入ったやら)みんな「何を買えばいいんだよ!」とブツブツ言ってます。

で、結局ボールだのテーピングテープだの、単なる部費の足しにするしかなく、そのくせ市の指定業者に頼まないとダメだとかしちめんどくさい厳密な収支を要求されます。馬鹿馬鹿しくてやってられません。とはいえ「お上の事には間違いはごさいますまいから。」森鴎外最後の一句」より)不平不満を言う私たちの方が間違っているのでしょうねおそらく。(遠い目)ハッキリ言ってこれが一番腹立たしいですね。                                     

⑧これは学校によって違うと思いますが、そもそも部活動の会計を教師がやっていて、中体連や新人戦の参加費を、大会の前に払い込むのですが、とりあえず一度「立て替え払い」をし、領収書を部活会計に出して払い戻してもらう。この「立て替え払い」システムが、特に部員が多い時など非常に厄介。個人的にはひどいときに団体、個人合わせて6万円くらい立て替えた。だから、こっちがその金額を持ちあわせていないこともありうるわけです。(いや、これは単に私の小遣いが少ないだけかも知れませんし、学校によっては前もって会計が渡してくれる所もあるでしょうが、会計が厳密だと領収書と引き換えになってしまうのですよ。)なんで私が、戻るとは言え立て替えなきゃならないんだ???                              

⑨その他年度当初に「登録費」を部員から集めて振り込むだの、ゼッケンやユニフォームのサイズを確認して購入するだの、協会主催の大会の申し込み、払い込みだの、リアルに腹立たしくなるほど面倒な手続きや会計業務が「校務とは別に」あるわけですよ。

競技にもよるでしょうが、こんなのを「顧問がいないから」と、新採用の先生に割り当てた日には、どえらいことになってしまいますよね。特に協会主催の大会やら、選手登録やらなんて、何をどうすればいいかなんて分かるわけがない。

そんな中で、例えばジュニアの有力選手がいて、登録や大会参加ができなかったりしたら、もう年度当初から凄まじいクレームが来たりするわけですよ!あーこわい怖い。でも結構あちこちでこんなケースを聞きます。(当然管理職だって知らないわけだし、元からいる顧問の先生が誰も居なくなることだってあるわけだし。でも新採用に部活動顧問を断れる度胸があるわけもないし。詰んでます。)

さて、上記のような面倒な手間の掛かることを外部の人に委託したとして、快くやってくれるお人好し聖人君子がいらっしゃるでしょうか?そもそも平日の不定期に、夕方の4時くらいにやってきて2時間半くらい指導してくれ。さらに土日のどちらかを、不特定な時間帯で3時間くらい指導しにきてくれ。土日が丸一日潰れてしまうかも知れないし、土日泊まりがけで旅行とか行けなくなるけど、いいよね?・・・ですよ?

繰り返し言いますが、ものすごく熱心にやっている先生に文句は一切ありません。私自身も信者だった時期がありますし。ただ中学校で言えば下からミニバスやらジュニアのプレイヤーやらがそのまま上がってくるような中学校で、専門的な知識を持っている先生がいない場合であろうとも、「顧問がいないので部活は廃止します。」などと言おうものなら、そういう保護者からの突き上げの凄まじさはハンパではありません。

特にバスケやサッカーなんかは先生が審判をしなければなりませんからね。未体験の競技の顧問に無理矢理させられ、見よう見まねで真っ青になりながら審判をしている、そんな先生の笛に大声で文句を言ったり罵声を浴びせたりする保護者はごまんといます。「ルール知ってんのか!」「ちゃんと審判の勉強してこい!」とかね。でも、なんでそんな勉強をせにゃならんのですかね。望んでやってるわけでもないのに。勉強なら教材研究の方がやっていたいだろうに。

完全移行、つまり平日も土日も指導してくれる体制がとれればまだよし。もし平日は先生、土日は外部指導者となったら、先生は若干楽になるかも知れませんが、部活としてはカオスになるのが明らかです。船頭多くして船山に上る。生徒も混乱するでしょうし、おそらくですけど専門的な外部指導者がくれば、その人の指導を良しとして、平日の先生の指導なんか聞きゃぁしない。どころか反抗したり馬鹿にしたりして、余計な生徒指導が増える、なんてことも出てくるでしょう。そしてその外部指導者と連絡をとりあったり、打ち合わせが必要になり、結局仕事が増えることになる。

指導は一本化するしかないわけですが、仮に一本化できても、万一外部指導者のパワハラやらセクハラやらがあったらどうなるんですかね?学校の責任になるんですかね?また、大会とかどうするんでしょうかね。学校の体育館を使うのであれば、先生が付かないわけにはいかないでしょうから、結局運営は先生方の仕事になるんじゃないでしょうかね。全市大会は?全道、全国大会の引率は?運営は?・・・などと考えたらもう完全にカオスです。無理無理無理無理。

 お約束

でもまぁ、「お上の事には間違いはごさいますまいから。」やるといったんだからきっとやってくれるんでしょう。え?・・・「達成時期を設けずに、できるだけ早期の移行を目指す」ぅ、だとぉ~~???・・・ 

 シーン|シン - コミコメ北斗の拳-セリフ百烈拳 あの名シーンを投稿せよ

しかし、リアルに恥ずかしくないのかねぇ、大臣ともあろうお方が。

 ブログでボヤくだけなのも情けないが。

えらく長文のボヤキになってしまいました。それではまた。

新年早々部活についてのボヤキその①

明けまして数え61歳。いよいよ定年まで待ったなしですが、新年を迎えても、何も変わったことは無く、感動も感慨も無く、次はどこの学校に行くのやら?と「恍惚と不安2つ我にあり」(選ばれし者ではありませんが)という気分です。(・・・どこも再任用受け入れてくれなかったりしてガクブル)

さて、こんな誰得の、訳の分からない泡沫ブログですが、こんなのでも作ったからには読んでもらいたいのが人情。ということで去年からツイッターにブログ更新のご案内を載せるようになりました。あまり影響が出ているようには感じられませんが、載せるついでに今まであまり読んだことがなかった他の人のツィッター、特に教師アカウントを読むようになったところ、まぁこれが実に面白いw

実に面白い。ドラマ・ガリレオの名言 | あなたを変える名言の森 (「容疑者Xの検診」しか読んだことがありませんが。)

まず大笑い実に興味深いのが文科省肝いりの取り組み(のなれの果て)「#教師のバトン」 です。教師の仕事の魅力を共有し拡散する目論見だったはずなのに、結局日本全国津々浦々の教員から、つもりに積もったブラック業務の、恨みつらみのオンパレードが、これでもかこれでもかと寄せられて、もう手に負えなくなってしまっているんですね。まさに「藪をつついて蛇を出す」「雉も鳴かずば打たれまいに」とはこのこと。

で、あまりの逆効果のすさまじさに、文科省は21年の9月から知らぬ存ぜぬを決め込むつもりか、一切更新していません。なのにそれとは裏腹に現在でも怨嗟の声がどんどん増えていくばかりなのが、もう可笑しいやら情けないやら。

きっと文科省の発案者は、ドヤ顔でツイッターにあげたはいいけど、今頃上司からなまら怒られてることでしょうな。気の毒に。(・・・でも、考えようによっては、この人が「パンドラの箱」を開けてくれたおかげで、日本全国の教師が次々に「文科省公認で、公的にクレームを言える場所が出来た!」と喜び勇んで覚醒できたのだから、我々の大恩人といえるかも知れませんね。)

 ♪これっきりこれっきりもうこれっきりですかぁ~♪

さらに驚いたのが、我らが北海道教育委員会(道教委)が、つい先日、よせばいいのに「働き方改革のアィディア募集」のツイートをあげ、グーグルフォームでアイディアを募ったところ、この「教師のバトン」と全く同じように(しかも北海道のみならず日本全国から)どっと恨み節のツイートが寄せられている真っ最中なんですよ。そしてツィッターに寄せられた反応の大半が(体感的には8割以上?)「まずは部活動を廃止しろ!」と訴えてきているんですw。

いや、笑っちゃ悪いけど、文科省のアレがあんなことになって炎上し続けているのを見ていたら、どんなことになろうかは、誰でも予想がつきそうなものですよね。「かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂」と、吉田松陰でも気取ったのでしょうかね?

まぁいずれにしても「よかれと思って」の活動でしょうから、盛大にしくじったとしても、笑いにするのはよろしくないですね。反省(はしている、だが後悔はしていない)。

それにしてもよく分からないのが、私の知っている札幌市教育委員会にお勤めの、元教員の方(ほんの数名しか知りませんが)はみんな、酸いも甘いもかみ分けた、教員として抜群の力量を持った(私のような「その他大勢」の教員から見ると「雲上人」レベルの)方々なのです。道教委もそういう方々の集まりだとしたなら、なぜこんなことになったのか、甚だ理解に苦しみます。

第一「元教員」ならば、アィディアを募るまでもなく「何がキツいのか」「何がどうなればいいのか」なんてことは、重々分かっているはずなのにね。(深読みすれば、あえて炎上も承知の上で、グーグルフォームの方に少しでも参考になることが来れば良しという、藁をもつかむ思いなのかも知れませんが。)

さて、寄せられる内容で最も多いのが「部活動顧問」についての意見ですね。実際私自身も、定年のこの歳まで「仕様が無いなぁ」と思って顧問をほぼ毎年引き受けてきました。以前は土日両方とも部活動をやり、部活の合間に趣味や遊びに行く。泊まりがけでどこかに行くとかはあまり考えられない、なぜなら周りの先輩方がそんな感じだからそれが当たり前。そんなふうに考えていた時期が・・・

  お約束。

まぁ、ネットスラングで言うBDK(部活大好き教員)がたくさんいたので、特に疑問を持たなかったんですよね。振り返るに「洗脳」に近かったかもしれません。ところがある年、たまたま同じ競技のBDKが移動してきたおかげで、それまで私一人で見ていた部活を「サブ」として受け持つようになり、特に自分が指導しなくても、「メイン」のその人が精力的にガンガン指導するので、私は「ただいる」だけの人になったのです。(※小林よしのりの「異能戦士」にもいたなぁ。「異能ただおる」ってのが。)そしてメインの先生も私に「休んで良いよ」と言ってくれたので、お言葉に甘えて土日にかけて旅行したりのんびりしたりしてみたら・・・良いんですよコレが!言わば洗脳が解けて、「人間らしい生活」に覚醒したのです。(ちょっと言いすぎだな。)おかげでその1年は、たまぁ~に土日に顔を出したり、メインの先生がいない時だけ指導したり、かなり有意義に過ごすことができました。

そして次の学校に異動しても、やはりメインの先生がいたので、「サブなら」という前提で、わりと呑気に部活指導していたのですが・・・好事魔多し。その次の年に、そのメインの先生が異動してしまいました。そして代わりにメインで持ってくれる人は来ず。そうなると私が「メインでやらざるを得なく」なってしまったのです。

いや、そこは断れよ、と言う方もいらっしゃるでしょうが、「サブであっても、ちょっとでも生徒とつながりがあったら、全く知らぬ存ぜぬを決め込むのは難しい」のですよ。同調圧力の一つでしょうか。それでも一度楽な思いを、というかそういうのも「アリ」だと知ってしまうと、天気の良い日なんかに部活をやっていると「なんで俺が?」という素朴な、そして根源的な疑問が沸くようになりました。とはいえ、その学校でこの競技に関して私以上に詳しい教師はおらず、また未経験者に押しつけるのも潔しとはできない、このジレンマが毎日繰り返されたわけです。

いろんな学校で、「負担を減らすために」と称して、管理職は部活に複数の顧問を付けようとします。しかし、メインの教師が異動した時に、サブだった先生が「私は持てません。」と言うのはかなりキツいです。(特に強い部活や、ジュニア上がりの有力選手がいたりすると)。

管理職も困るわけであの手この手で懐柔しようとしますわな。でもそうやっているなかで、経験したこともないような部活の顧問に「させられ」て、時間を削られメンタルをやられ、という教師が(特に若手が)どんどん増えている。

意にそぐわない「部活動」を、この同調圧力の中で「させられる」のをやめるには、「部活動完全外部委託」か、「納得づくの上で、やりたがっている人だけが顧問をする」か、「部活動廃止」くらいしかないのですが、外部委託なんて出来るわけがないと現場の人間は誰でも思っていたと思います。長くなってしまったので、次回私個人を例にして、部活動の顧問をすることが、どれほど理不尽で過酷なものか、具体的に見ていただこうと思います。続く。

こんな雑談をしてきたその12(魯迅「故郷」でのうさんくさい風水の話)

私は昔からオカルト的なもの、宗教的なもの、民俗学的なものが好きでした。大学の卒論を「鬼」について書いたほどです。(多分担当の教授はイヤ~な気持ちだったことでしょうね。)柳田国男も好きでよく読んでいました。また、江戸川乱歩賞を受賞した、井沢元彦の「猿丸幻視行」を読んで、折口信夫にも興味を持ったのですが、ちょっと難しすぎて挫折してしまいましたテヘペロ

同じくオカルト系の漫画も好きで、荻野真の「孔雀王」、諸星大二郎の「妖怪ハンター」「孔子暗黒伝」「諸怪志異」、「暗黒神話」、星野之宣の「宗像教授伝奇考」、奥瀬サキの「低俗霊狩り」、永久保喜一の「カルラ舞う!」などなどを読んでいました。特に孔雀王はツボで、今でも光明真言不動明王真言は覚えていたりします。(←しかしこれ、よくよく考えたら厨二病丸出しですな。)

小説では、夢枕獏全般、特に九十九乱蔵のシリーズ。(影響をうけて「ごついビブラムソールの、ダナーのブーツ」を買ったりしてたのも、今となってはかなりイタイ。まだ履いてますけどね。)や、ちょっと系統は違いますが半村良の「嘘部三部作」や「伝説シリーズ」なんかが好きでした。その他伝奇推理物ももう好きですきで。

で、その流れから(どんな流れだよ)国語の教材の中で、陰陽道やら風水やらに関連する話が出てくると、ついつい脱線してリアルに余計で誰得な、マニアックな知識を授業にブッコんでしまうんですよ。(そんな話あったっけ?と思われるかもしれませんが、ほとんどこじつけのように関連させてしまえばこっちのものいろいろとあるのですよ。)

例えば「故郷」の中での、閏土の名前についてのこのくだり。「閏月の生まれで、五行の土が欠けているので、父親が閏土と名づけた」云々。さぁここで陰陽五行説の基本的な説明で張り切ってしまうわけですよ。自己満へそ曲がり流のヲタク風味としては。

エヘン。まず「閏月」とは何か。日本でも江戸時代までは「太陰暦」を使っていた。これは満月から満月までの日数を、文字通り「ひと月」として暦を作っていたのだが、これだとひと月が28日とか29日になるので、1年たつとだいぶ365日からずれてくる。それで何年かにいちど、13か月ある年を作ってリセットしていたんだ。その増えた月を「うるうづき」というのだよ。「へー。(ハナホジ)」

で、次に「五行の土が欠けて」ということの意味なのだが、まず中国では昔から、いろいろなことを「陰陽五行説」で説明をつけてきたんだよ。まず「陰陽」だが、こんなマークを見たことないかい?

「勾玉?」んー、関係はあるかもしれないがちょっと違うな。これは太極と言って、古代中国では、この世のいろいろなものは基本「陰」と「陽」からできている、という考えなんだ。例えば2つで1セットのものって、何がある?「天と地」「男と女」(←これ、今だとマズイんでしょうかね?やな渡世だな。)「奇数と偶数」そして「昼と夜・・・ということはいいかえれば?」「太陽と月!」

そうだ。太陽つまり「日」が陽で「月」が陰。だから地球が太陽を一周するのが「太陽暦」、お月様の1サイクルをひと月とするのを「太陰暦」と呼ぶわけだ。この「日」と「月」を覚えておけよ。

そして、陰陽をさらに細かく(←ここがちょっとあやふやだけどどうせわかりゃしないから)5つの元素に分けて考えるわけだ。その5つの元素を、「五行」、合わせて陰陽五行説というのだよ。さて、ではその5つの元素とは何だと思う?

「火!」うん。「水!」うん。「土!」うん。「風!」あー、それはヨーロッパの方の魔術の4元素だな。「木!」うん。あとひとつ。「なんだろ、雷?」違う。答えは金だ。ゴールドではなくメタルとか石とか固いもののことね。

つまり木火土金水(もっかどごんすい)が5つの元素なんだが、何か気づかないかい?「あ!曜日だ!」そう、日曜、月曜日、火曜日・・・土曜日というのは、これから出ていたんだよ。「へー!」

さらに言えば(ここで「さらにいう」から、授業がどんどん遅れるわけですが)この5つの元素は、お互いに生み出したり、殺しあったりする関係にあるんだよ。こういう関係ね。↓

木をこすり合わせるとどうなる?「火ができる!」ものが燃えると?「灰=土になる」土の中から?「金属が出てくる」(※金から水が生まれる、がわかりづらいのですが、北海道人にはこれでわかる)冬の朝、窓とかのガラスに水がついてるだろ?「あ、結露!」で、水をかけると?「木が育つ!」というのがお互いを生み出す「五行相生」というんだ。「ほー!」

逆に殺す関係でいうと、水は?「火を消す」火は?「木を燃やす!」戻っちゃだめだよ。火は金属を溶かす。金属は?「木を切る」木は?「土に根を生やして入り込む」土は?「水を吸い込んでしまう」これがお互いを殺す「五行相克」という関係だ。「あ、真ん中に星型!」そうだね。これを五芒星といい、おまもりや占いやまじないでよく使われる図形だね。「はー!」(ここで終わっても説明としては十分なのに、さらにいらんことを教えたくなる自己満流)

ところで、これらにはそれぞれ色が付いているんだが、木は?「緑!」じゃなくて青ね。「え~?」火は?「赤!」じゃなくて朱色ね。「え~!」土は?「茶色!」じゃなくて黄色ね。金は?「金は金色!」じゃなくて白ね。「何それ!」水は?「水色?」水は黒で、玄と表します。「どゆこと??」

さらに方角も表しまして、木が北、火が東、土は中央、金が南で、水が西を指します。そしてそれぞれの方向を守る神様のような獣がいます。青は?(このあたり、ゲームとか漫画好きな子にはピンとくるようですが)「青龍!」朱は?「朱雀!」黄色も龍なんだけどね。黄龍ね。白は?「白虎!」玄は?「玄武!」そう、玄武岩の玄武ね。「ふーん?」(長くなりましたが、次が最後で、やっと国語っぽくなります。)

で、方角だけじゃなくて、季節も表します。火の季節は?(火から始めるのがポイントなんですよ。)「夏!」なので夏のことは朱夏と書いたりします。土は土用です。この順で行くと、金の季節は?「秋!」秋は白なので、「白秋」と表しますが、なんか聞いたことないですか?・・・(しーん。残念。)

 なんかこんな感じのコメディアンがいた気がする。

北原白秋という有名な詩人がいるんだが、聞いたことは?・・・ない?あら残念。そして黒の季節は冬なので、冬を「玄冬」と表したりします。

さて、では春は何色でしたっけ?「青!」ということはつまり?「・・・青春!あ~なるほど!」・・・おあとがよろしいようで。(このあたりもう伝統芸と化してます。そしてまた10分ほど授業が遅れるという。もうね、バカかと、アフォかと。)次回はさらにマニアックな雑談のお話です。よろしければまたお付き合いください。

皆様よいお年を。

「故郷」(魯迅)についての以前からの素朴な疑問

札幌は名実ともに「もう真冬の候であった。」・・・ということで、今回はこれまたロングセラーの、魯迅「故郷」について、以前からどうもビミョーに説明がつかないことについての、素朴な疑問を書いてみようと思います。

さて、元大地主の息子であった、魯迅をモデルとする「私」と、その元雇い人の息子であるルントウの、「ビフォーアフター」と、一番最後の場面「もともと地上には道はない。歩く人が多ければ、それが道になるのだ。」の読解の2つが、「故郷」の授業をおこなうときのミソだと思っていますが、その「ビフォーアフター」のマクラというか暗示というか、とにかく生徒にとっては、主人公やルントウ以上にインパクトの強い「ヤンおばさん」の変貌が、私の授業では前半かなり重要になります。(あと「チャー」もインパクト強いですが。)

楊夫人?楊小姐? ←これは明らかに違う

さて、そのヤンおばさんが登場したシーンの記述は以下の通り。

「まあまあ、こんなになって、ひげをこんなに生やして。」不意に甲高い声が響いた。
 びっくりして、頭を上げて見ると、私の前には、頰骨の出た、唇の薄い、五十がらみの女が立っていた。両手を腰にあてがい、スカートをはかないズボン姿で足を開いて立ったところは、まるで製図用の脚の細いコンパスそっくりだった。
 私はどきんとした。
「忘れたかね。よくだっこしてあげたものだが。」
 ますますどきんとした。幸い、母が現れて口添えしてくれた。
「長いこと家にいなかったから、見忘れてしまってね。おまえ、覚えているだろ。」と、私に向かって、「ほら、筋向かいのヤン(楊)おばさん……豆腐屋の。」
 そうそう、思い出した。そういえば子供の頃、筋向かいの豆腐屋に、ヤンおばさんという人が一日中座っていて、「豆腐屋小町」とよばれていたっけ。しかし、その人ならおしろいを塗っていたし、頰骨もこんなに出ていないし、唇もこんなに薄くはなかったはずだ。それに一日中座っていたのだから、こんなコンパスのような姿勢は、見ようにも見られなかった。その頃うわさでは、彼女のおかげで豆腐屋は商売繁盛だとされた。たぶん年齢のせいだろうか、私はそういうことにさっぱり関心がなかった。そのため見忘れてしまったのである。ところがコンパスのほうでは、それがいかにも不服らしく、蔑むような表情を見せた。まるで、フランス人のくせにナポレオンを知らず、アメリカ人のくせにワシントンを知らぬのを嘲るといった調子で、冷笑を浮かべながら、
「忘れたのかい。なにしろ身分のあるお方は目が上を向いているからね……。」

どの部分に素朴な疑問があるのかという前に、前提として

①「私」は現在アラフォーであること。(彼と知り合ったとき、私もまだ十歳そこそこだった。もう三十年近い昔のことである。

②「私」がこの地に戻るのは約二十年ぶりである。(厳しい寒さの中を、二千里の果てから、別れて二十年にもなる故郷へ、私は帰った。

③ヤンおばさんは「アラフィフ」なので、私より十歳くらい年上である。(五十がらみの女が立っていた。

・・・ことを踏まえての疑問というのが、「なぜ私はヤンおばさんを見忘れてしまったのか?」ということです。ちょっと何言ってるのか分からないかもしれませんし、生徒に質問したらおそらく、母の言葉をもとに「長いこと家にいなかったから」と答えることでしょう。

では改めてその「長いこと」というのはどれくらいか?はい、「二十年ぶり」ですよね。つまり現在アラフォーの「私」がこの「故郷」を離れた時、「私」は二十歳前後だったことになります。おわかりでしょうか。

物心つかぬうちにこの地を離れていたのなら、それこそ「抱っこ」されるくらい小さなころに離れていたのなら、近所の優しいお姉さんのことを忘れるのはうなづけます。そもそも「抱っこ」されるくらいの年は幾つくらいか?どれだけ大きくても5歳くらいではないでしょうか。ならばそのときヤンおばさんは15歳くらい。15歳だとしたら「豆腐屋小町=町内で評判の看板娘」にはちょっと早いかも知れない。白粉や口紅を塗るのにもちょっと早いかも。(昔の中国のスタンダードはわかりませんが。)

まぁここは「鬼も18番茶も出花」と想定してみましょう。ならば前述の「子どもの頃」とは、私が大体10歳年下なので、8歳くらいの時になります。それなら「年齢のせい」で、「そういうこと=キレイなおねーさんがいるゾォ」ということにさっぱり関心がなくても普通でしょう。(↓とはいえ、こういう例外もいますけど)

ななこおねいさんと手をつなぎたいゾほか|おはなし|クレヨンしんちゃん|テレビ朝日 

だがしかし、これが「20歳近くまでこの家に住んでいた」にもかかわらず、そしてヤンおばさんが「筋向かい」に住んでいた豆腐屋だったのにもかかわらず、「見忘れてしまった」というのがどうも解せません。

「筋向かい」は、直接斜め向かいに住んでいたわけではないでしょうが、少なくとも同じ町内?でしょうし、同じ町内に何軒も豆腐屋があるとも思えず、何よりも「私」は少なくとも「一日中店番をして座っているヤンおばさん」を目撃しているわけですから、20歳になるまでに何度も豆腐屋の前を通ったことでしょう。

さて、私が20歳の時、ヤンおばさんは30歳くらい。ヤンおばさんが結婚していたかどうかは分かりませんが、逆に「美魔女」とか「女盛り」(※おんなざかり、ですよ。打っていて一瞬「女体盛り」に見えてドキッとしたわ。←立派なセクハラですな。御容赦を。)だったのではないでしょうか。

ならば、20歳そこそこの私なら、意識の中にけっこう入ってくるのではないか?まぁ少なくとも忘れてしまう、ということはありえないと思うのです。では私はなぜ見忘れてしまったのでしょう?・・・これが以前からの素朴な疑問なのです。

(ちなみにググると、日本では「年増のうちでも美しい時期を年増盛(としまざかり)とも呼んだ。 江戸時代には、数え20で年増、25で中年増、30で大年増と呼んだそうです。ナンボ平均寿命が違うとはいえ、ハタチで「年増」はちょいとキツいですな。)

こういう重箱の隅ばかりつつくような読み方ばかりしているので、一向に授業が進みませんが、このシーズンになると故郷の授業が入ってきます。授業のたびに気になっていた疑問を書いてみましたが、結局納得のいく解釈ができないまま、定年を迎えようとしています。お読みの方でこのモヤモヤを晴らしてくださる方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えていただきたいと思います。それではまた。

(「スカートをはかないズボン姿」で思い浮かぶのが「酔拳」のこのおばさん・・・)

こんな雑談をしてきたその11(おくのほそ道と山本譲二)

老害であることは重々承知ですが、それにしても年々、授業の雑談の中で話す「ヒント」が通じなくなる一方で、悲哀を感じる今日この頃です。

さて、「松尾芭蕉」の「おくのほそ道」の授業の中で、なぜこんな題名になったか、ということは多くの国語の先生が説明することと思いますが、そのヒントがぜんぜん通じなくなりました。(というか、昔の教科書では「奥の細道」という表記だったような気がしますが?)

いろんなやり方があるとおもいますが、私はまず冒頭文の「歌枕」の地である「松島」「白川の関」から、この旅が「東北方面」に向か旅であることを確認したあとで、東北地方の別名を質問します。ところが・・・結構できる生徒でも、「奥州」は出てきても「ひらがな四文字のアレ」はでてこない。そこで、昔は通じたのに現代ではまず通じないヒントその1を出します。

「ヒントその1 東北6県を中心に回っている、ザグレートサスケなどが中心のプロレス団体をなんというか?」まぁこれは結構コアなプロレスファンがいないクラスでは、全く答えが出てこずにポッカーン、ですね。(そもそも新日本とか全日本とかすら知らないかも。一時期かなり熱烈なプロレスファンだった身からすると悲しい限りですな。)

ザ・グレート・サスケ vs ラッセ【みちのくプロレス】2022.5.3 - YouTube

これでもダメな場合として出てきたヒントその2「北島三郎の弟子の山本譲二が歌っていた、ホニャララ一人旅てあっただろ?」・・・当然のごとく、ポッカーン、ですよ。

いつごろからですかね、これらのヒントから「みちのく」という答えが出てこなくなったのは。というかそもそも「みちのくというんだよ。」と教えても、初めて聞いたわ~的な顔をしている生徒ばかりになってきました。そうなると、「みちのく」=道の奥→奥のほそ道、という芭蕉のシャレも、あまり新鮮な発見という感じにはなりません。昔はみちのく(陸奥、とも書きますね)あたりで気づいて、「あー!」というアハ体験(死語)する生徒が何人かはいたものです。

そして、今回教科書を見て気づいたことが一つ。多くの国語の先生が、この「おくのほそ道」の範囲でテストを作るとき、定番のように出題するのが「北上川南部より流るる大河なり。」の部分の口語訳だと思うんですよ。私自身毎回まいかい「ここの訳は間違いやすいから注意するんだぞ。」と、匂わせどころかほぼ「出題するからな」的なことを言っているのですが、それでも生徒が平気でやらかしてくれるのでざまぁみろ己の指導力不足が残念でなりません。

北上川南部より流るる大河なり。」の口語訳の誤りは、大きく分けて二種類あり、多いのが「北上川の南部から流れる大河がある。」と、二つの川があるように訳す間違い。そしてもう一つは「北上川は南部から流れてくる大河である。」という訳。前者は論外として、後者の間違いである「南部」のとらえ方を、「南の方」と読み違えないように、授業の中で略地図を描き、そもそも「北が川上だから北上川だぞ。(語源がそうなのかは知りませんが。)」と強調し、そして、この「南部」とは「南部地方とか南部藩という意味だぞ。」と強調します。

さらに、「砂金や鉄、それから馬の名産地だったこと」に絡めて、「南部鉄器」「チャグチャグ馬っこ」「南部せんべい」なんかを引き合いに出して、「南部地方」の印象付けに必死になるのですが・・・でもまぁテストの時には、みごとなまでに忘れてくれるわけですよ。父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ。

 商品のご案内 | 南部せんべいの巖手屋 

ただ、昔の教科書では「南部 ここでは南部領を指す」などとあっさりとした脚注だったのですが、今回の教科書では「北上川は南部地方から流れてくる大河である。」と、モロに口語訳が書かれていました。(だからって、例年通りの口語訳の問題を出したとして、飛躍的に誤答率が減るとも思えませんが。)

ということで、また一つ教科書が至れり尽くせりになっていたことを発見しました。少なくとも、「そもそも教科書のここに書いてあるだろ。」と言えるのは間違いないですね、良いか悪いかは別として。でも例え脚注に書いてあっても、南部鉄器や南部せんべいの雑談をしなくなることはないでしょう。(とはいえ、定年を控えた身としては、あと何回授業で触れることがあるやら・・・)それではまた。

小春日和のカルボナーラもどき

 

もう外飯は無理かと思われた雨続きの11月下旬。タイヤも取り替え、自転車も仕舞いこみ、さて・・・と思ったら、何ですかこの陽気は!まだ全然自転車乗れたじゃないですか!qあwせdrftgyふじこlp;@:「」!・・・ということで、リアルに本年度最後となるであろうチェアリングに出かけることにしました。(やめるやめる詐欺みたいで心苦しいのですが、次の週はいよいよ氷点下&降雪らしいので、さすがにもうこれ以上は無理でしょう。)

ということでスタッドレスに履き替えた自家用車に乗り、行く先を考えたのですが、何せ私の乗っている車が、とにかく燃費が悪い。街中だったらリッター7キロを切ったりするのですよ。できるだけ近くで出来そうな所はないか、と思いついたのが、以前から目を付けていたこの「創成川」の河畔です。パッと見良さそうに見えると思いますが、何せ対岸が、市内でも札幌新道環状線と並んで最も交通量の多い「石狩街道」なんですよ。まぁ川の向こうから、何やら河畔に座って怪しげな事をしている老害をしげしげと見つめる人も居ないと思いますので、人目を気にせずここで昼飯&コーヒーを楽しませてもらうことにします。

家から持ち出した卵とパスタとタマネギ、そして途中で買い込んだベーコンと牛乳。これで「カルボナーラ」を作ってみよう、という企みです。そして何よりも、先日ポチったコレを使ってみたかったのですよ。

 

キャンプYouTuberのFUKUさんプロデュースの「エアストーブラージ」です。メチャクチャ薄くて軽い、アルストや固形燃料用の風防兼五徳です。ちなみに、薄いケースに入っているのですが、さらに100均で売っているB7のケースにちょうど入ります。(もし買おうと思っている方は、風防部分には十分注意してください。気を抜くと指が切れます。というか最初に組み立てた時切りました。)前回の発寒川でダメージを受けたチェアゼロに座り、料理に取りかかります。

 (ゴリラテープが痛々しい・・・)

といっても、タマネギとベーコンを切るだけなんですけどね。

 

さて、買ったはいいけどあまり出番のなかった、モンベルのクッカーを使ってパスタを茹でてみます。いよいよポチったエアストーブラージの出番です。サクッと組み立てて、アルストに燃料を入れ、前回同様ファイヤスターターを使って着火・・・しようと思ったのですがなかなかうまく火花が飛ばない。上の五徳の部分がじゃまになっているんですね。

 

前述のとおり、川向こうの石狩街道では車がひっきりなしに走っています。ただし、幸いなことにみんなかなりのスピードでビュンビュン飛ばしていますので、河畔に座りこんでいる老害を見ても、一瞬のことですので怪しむ暇もなく通り過ぎて行ってくれます。10分くらいは経ったでしょうか。どうにかお湯が沸きまして。 

 

あとは茹で上がるのを待つばかり・・・なのですが、これがなかなか沸かない。おかしいなぁと思ってよく見ると、なんということでしょう。いつの間にか燃料が切れて火が消えているではありませんか。アルストって思いのほか燃費が悪いですね。それとも私の使っているものの性能が悪いのか?燃料を足して再度着火し、アルデンテ(?)よりちょっと固めの段階で火からおろしまして、余熱で茹でる間にベーコンと野菜を炒めます。(フライパンも今回初使用のモンベルのものです。今年中に一度使いたかった。)

 

本当はいわゆる「ゆるキャン△」のスープパスタを作ってみたかったのですが、コンソメは買ったら買ったでほぼ家では使わないだろうし、ブロッコリーは嫌いだし、その他もろもろの理由から「簡単にできるカルボナーラ」とか、ネットに出ているものを真似してみたのですが、バターを忘れたのが致命的でしたね。パスタを牛乳と卵でからめただけのものになってしまいました。まぁそれでも食べれてみれば・・・うーむ。

 

思てたんとちゃう!

シャバシャバで、コクはないがキレもない、という代物でした。(とはいえまぁ普通に食べられましたけどね。考えてみれば、パスタやカレーや豚汁って、旨く作るのは大変だけど、失敗することはまずない食べ物かもしれません。)

  

あとは例によってコーヒーを淹れ、どら焼きとともに目の前の創成川を眺めながら、初冬の昼下がりをしばらくまったりと過ごせてもらいました。

 

最後は余った牛乳を入れてカフェオレにして飲み干し、創成川の河畔を後にしたのですが・・・

チェアリングはともかく、勝手な思い込みで「河畔はたいてい大丈夫だろう」「直火ではなくアルストだから大丈夫だろう」ということで、特にどこに確認を取るわけでもなく炊事をしたのですが、これってひょっとして法律に触れますかね?思い付き&思い込みで決行したのですが、いまブログを打っていて改めて「大丈夫かおい?」と気づいた次第であります。とはいえここまで打ってしまったので、もったいないから載せますが、もし法に触れていたのならば申し訳ありません。(とはいえこのような弱小ブログですので、炎上する心配もありませんが。)

札幌はどうやら根雪に入ったようです。冬場のアウトドアの話題はあまり出せそうにありませんが、国語や老害のボヤキについては、週一ペースを目指して書いていこうと思います。よろしければまたご覧ください。どっとはらい

こんな雑談をしてきたその10(短歌の授業と五色百人一首)

前回の額田王については、「問題、ジャジャン!(古っ)「君待つと」の「君」とは誰のことでしょうか?ヒントは「壬申の乱」の登場人物です。」

・・・というクイズを出したりもしますが、まぁ覚えてないんすねこれが。3年生の2学期も半ばとなれば、歴史の受験勉強くらい終わっていてほしいものですが。そもそも「壬申の乱は何年でしょう?」すら答えられない人が多数。勤務校を貶めるつもりはありませんが、受験がかなり不安になってきます。

さて、ググッてみるとこの「君」は天智天皇のことだそうで、そもそも額田王天武天皇の妻だったのに?なんで?ってあたりで、結構女子なんかは「きゃー♥」てなもんです。どちらかというとモロに歴史の授業の内容ですが、こういうのを見ると総合的な学習というのも、もっと小さなスケールならば、やったほうがいいかもしれないと感じたり感じなかったり。まぁ個人的には「総合的な学習などこれっぽっちもいらぬ!」と思っていますけどね。(オイオイ💦)

(はむかいたいけど「ごまめの歯ぎしり」ですな。)

さて、ご存じの通り、光村3年の教科書の、短歌の教材で取り上げられている有名なもののうち、百人一首に入っている歌が4首あります。ご存知とは思いますが、一応挙げておきますと

春過ぎて夏来るらし白たへの衣干したり天の香具山(持統天皇)

春過ぎて夏来にけらし白たへの衣ほすてふ天の香具山(百人一首)

田子の浦にうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける(山辺赤人

田子の浦ゆうち出出てみれば白たへの富士の高値に雪は降りつつ(百人一首)

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける(紀貫之)

玉の緒よ絶えなば耐えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする(式子内親王)

・・・の4つです。これまたご案内の通り、雑談の大好きな私は、万葉集の2つについては、百人一首バージョン、というか藤原定家バージョンも教えています。(&「三夕の歌」も。)

そこまではよしとして、私はさらに「まとめ」と称して生徒に「五色百人一首」をやらせています。これは、昔の同僚のT先生から教わったもので、本来小学生向けの教材なのですが、これが意外と中学生(それも3年生)でも、夢中になってやるんですよね。というか、そもそも1、2年生の時から、「授業するのがダルいなぁ」という時「生徒の集中力が切れてきてるなぁ」という時にやらせてきました。

大きな声では言えませんが、大昔に事務にお願いして一クラス分のセットを買ってもらい、その後の学校でもずっと持ち歩いて使っています。(20年近く経つから時効時効)それ以外に、ひどい時には道徳の授業で「日本の伝統文化に触れる」と称してやらせたりしてきました。取り札20個+読み札1個が、27cmの靴の空き箱にちょうど入るんで持ち運びに便利なんですよこれがW

 ←まさにシンデレラフィット

百首が五色に分けてあり、20枚のうち17枚取る勝負という、短い時間でできるし、相手をどんどん換えていくとみんなかなり熱中してがんばります。T先生には本当に良い物を教わったと感謝しています。 

それよりも昔には、下の句かるたとか板かるたと呼ばれるものをやらせていました。学校によっては、複数のセットが教材室なんかに眠っていたりしますし、生徒によっては児童会館でやってた、などという子もいるので、逆に上の句から詠んで下の句を取る、正調の百人一首のほうが新鮮に感じるようです。(下の句かるたも、これはこれで立派な北海道の文化だと思うけれど、さすがに初見では全然読めないし、人やら我やらの札の見分けも難しいので、パワポで画像を出しながらやったりしてます。

で、行く先行く先の学校で、自分だけ楽な思い日本文化を尊重していては申し訳ないと思い、事務室にお願いして1学級分のセットを頼んでは置いてきたのですが、どうも皆さん、あまり使ってくれていなさそうで、何だか申し訳ない感じです。読み札と合わせて1学級分で約2万円弱するんですよ。でも私なんぞもう20年くらい使ってますから、かなりコスパはいいと思います。

【1色20枚!簡単にはじめられる】五色百人一首 スタートキット <読み札+取り札>【五色百人一首大会公式認定札】 読み札取り札1セット2000円(Amazon

ところがまぁ、こちらの指導力不足といいますかなんと言いますか(というかそれに尽きる)実際にやらせるときに、前述の四つの短歌についてだけは、「作者名」→「上の句だけ3回」→「下の句2回」という読み方をするのですが、作者名で取れる生徒、上の句だけで取れる生徒は、それぞれほんの1人か2人くらい。全然授業の成果が出ていないことを、実感させられまして。

楽しそうにやっている生徒とは裏腹に、「忸怩たる思い」をするのでありました。やれやれ、どっとはらい。(それはそれとして、ご存じない国語の先生、マジでオススメですよ五色百人一首。)

こんな雑談をしてきたその9(正岡子規 額田王)

授業の脱線シリーズも結構な分量になってきて、我ながら決して受験には出ないようなことばかり、まぁぐだぐだと随分語ってきたのものだと、改めて呆れてしまいます。でも脱線はまだまだ続きます。(おいおい)

さて、前回は正岡子規石川啄木の名前に関しての雑談を載せましたが、教科書の教材の短歌「紅の二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」について、解説文では助詞の「の」の繰り返しが生み出すリズムの良さについて説明されています。

赤薔薇の写真素材|写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOK

薔薇のとげを「針」と表現し、「針やはらかに」と続けたところが巧みです。新芽のとげのみずみずしく柔らかな様子が伝わってきます。「くれなゐの」「薔薇の芽の」「春雨の」と、助詞「の」が続いていることも、歌に優しさを添えています。(教科書)ところで、以前から気になっていたのですが、それもそうなんでしょうけど、確か以前の教科書では「は」りやはらかに「は」るさめの振る、の方の「は」の繰り返しに着目していたと記憶しています。そしてそころから、「それだけなのかな?」とも思っていました。

というのは個人的に、「ばら」→「はり」→「はる」→「ふる」の四語の語感の流れが似ていることが、この短歌の妙な語呂の良さを生み出しているのではないか?と感じていたからです。ハ行とラ行の組み合わせの妙は、ひょっとしたら偶然の産物なのかもしれませんが、もしこれが意図的なものだったら、まさに天才的な織り込み方だし、またもし意図的だったとしたら、気づいてあげることが読者としてのマナーかな、と思うわけです。とりあえずこのような、調べればわかるのかどうかわからない微妙な妄想?についても、「ポンコツ説として」授業の中で話したりします。

他にも、「多分こうなんじゃないかと思ってるけどちょっと調べても確信が持てない、けれども生徒には言いたい」教材があります。例えば額田王の短歌「君待つと我が恋ひ居れば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く」についてです。

天の果て地の限り - 大和和紀 - 漫画・無料試し読みなら、電子書籍ストア ブックライブはいからさんが通る」は好きだったなぁ。内容忘れたけど。

教科書の口語訳では、「あなたのおいでを待って私が恋しく思っておりますと、我が家の戸口のすだれを動かして、秋の風が吹いております。」・・・となっています。これについての異論は一切ありません。(・∀・)キター!と思ったら、何のことはない風のイタズラで(´・ω・`)ショボーンという、まあ生徒にも(特に女子には)よくわかりやすい短歌です。(ニヤニヤするのは圧倒的に女子が多いですw)

ただ、これだけではつまらないのでポンコツ説」として、「誰も言っていないけど実はこうなんじゃないか?」という口語訳をブッコミます。曰く・・・

「~秋の風が吹いております。(以下ポンコツ説)待っていてもあなたは来ない・・・ひょっとして私に飽きちゃったの!?だけに?!」という、なんだかザキヤマとかのお笑い芸人とかが言いそうな、突拍子もない説を紹介します。つまり、「秋=飽き」という「掛詞」ではないか?という「ポンコツ説」です。

この「秋=飽き」は、掛詞としては非常にポピュラーなものだそうで、実は「絶対にありえない」ほどヒドイ説ではないのですが、指導書にもネット上のいろいろな解説にも、一切この説は出てきません。なのでドヤ顔して説明できるようなものではないのですが、「掛詞」の例としては、非常にわかりやすいと思うので、無理矢理の感がありますがここで「掛詞ってこんなんだよ。」と説明に使っています。(生徒も「キャー❤」とかなってますし。)ネットにもどこにも載ってないし、確証もないので、あくまでも「個人の感想です。」として教えていますし、テストにも出せませんが、こんなことも授業で話したりしています。けれど・・・ああ、またあの声が聞こえる・・・

 おあとがよろしいようで・・・

久々の発寒川チェアリング と不注意からの炎上案件

北海道はもう完全に冬です。今月の初め、ある温かめな休日。これが最後かもしれないとばかり、毎度お馴染み発寒川河川敷にチェアリングにやってきました。前日、暇に任せてMr.shuさんのYouTubeを見ていて、ムラムラと「チキンラーメンチャーハン」を食べてみたくなったのです。

この方の動画については、以前武田バーベキューさんの動画に出演中の徳井さんの話に出てきたのですが、まぁ陽気なマシンガントークのおっさんです。(私よりは年下でしょうが)そしてこの方の動画の特徴は「とにかく長い」1本2時間くらいあります。そして何よりも徳井さんも言っていましたが「めちゃくちゃしゃべるのに驚異的に噛まない」のです。もう最近教科書を読んでいても噛みまくりの私としては、非常にうらやましいスキルです。キャンプ動画好きの方ならご存知でしょうが、初めての方はこの「噛まないスキル」は一見の価値がありますよ。

https://www.youtube.com/c/MrSYU

さて、米と卵とコーヒー豆は自宅から持ち出し、30分弱のサイクリングの後、近くの生鮮市場で「ホンコンやきそば」と冷凍ネギを買い、(チキンラーメンチャーハンのはずですが、そこは自己満へそ曲がり流、そのまんまではつまらんと、ちょっとだけひねってみました。)

 

チャーハンなら早めに米を炊いて、一度冷ますくらいの方がいいのでしょうが、到着した段階でもう12時近く。急いで米を炊きます。まずは米を浸水し、新アイテム①の「軽くてすぐ飛んでしまう」のでお馴染みの、チェアゼロのグランドシートを装着し、ウォーターバッグを置きます。まぁ今日はほとんど風がないので必要ないかもしれませんが、これでカンペキ・・・のはず。(フラグ1)

 

続きまして取り出したりますは、新アイテム②雑誌の付録のテーブル。

 

すごく軽いし、内容物はこんな感じ。

 

大きさ的にはちょっと小さめだけど、チェアリングには十分過ぎるくらいです。これは買って良かった。(本と合わせて3000円したけど、本も自転車キャンパーには面白い内容でしたから全然OK。よく見るYouTuber「たかにぃ」さんも載ってたし。)

 

凍ったネギを解凍しつつ、アルストで米を炊く準備をしよう・・・と思ったら五徳を忘れてきていたことが判明。アルストに固形燃料を乗せて、ウッドストーブで焚いてみようと考え、何だか妙ちくりんなことになってしまいました。(ウッドストーブの上のX型の金具だけ乗せれば良かったことに気づきましたが後の祭り。)さらに新アイテム③のファイヤスターターで着火してみます。(火吹き棒とオソロの山麓工房さんの製品)

 

 

米を炊いている間に、前回の厚田キャンプの残りの薪を使ってフェザースティック的なものを作ります。今回は、残りの薪を消費するのも目的の一つで(フラグ②)、米が炊けたらウッドストーブで薪を燃やし、チャーハンを作るつもりです。(フラグ③)Mr.shuさんの動画に従って、粉々にした「ホンコンやきそば」を「水」に浸します。(本当はチキンラーメンを少量のお湯に浸すのですが) 

 

ところで、皆さんはこの「ホンコンやきそば」をそのまま食べたことがありますか?やったことがある方ならおわかりでしょうが、「ベビースターラーメン」とほぼ同じ味です。チキンラーメンとは多分微妙に味が違うでしょうが、まあ間違いは無いはず。

さて、米も炊けたようなので蒸らしつつ(実は途中で固形燃料が切れてしまい、アルストで炊いたというしくじり。ちょっと火が遠かったかな。そういうえば、「オシャカになる」という言葉の語源が、「ヒ」と「シ」が曖昧な、江戸の下町の職人が細工をしくじった言い訳に「火が強かった」→「シが強かった」→「四月八日だ」→お釈迦様の誕生日・・・と聞き間違えたとかなんとか。)チャーハンにする準備を始めます。

 

油を引いた?敷いた?フライパンに卵を落としてかき混ぜ、ご飯を投入します。(まだホッカホカだし、かなり柔らかめに炊けているのが気になりますが。)さらに砕いたホンコン焼きそばを投入し、トドメにネギを加えて炒めます。

 

 

そしてできあがったのがコチラ!(・・・おわかりいただけたであろうかフラグ④)

で、お味の方は・・・うーむ、「想像した通りの味」ですな。決してマズくはないが、YouTuberの方がなさるようなリアクションを取るほど極端に「ウマイ!」というわけではなく、「まあ・・・普通にウマイ」ってところですか。(もちろん録画もしていないのに、一人でのけぞったり、「サイコー!」とか親指を立ててたりしたら、かなりイタイわけですけども。)

これがチキンラーメンだったらまたちょっと違ったのかもしれませんが。とはいえ満腹・満足して満ち足りた気持ちになりました。では食後のコーヒーでも・・・と思い、ウォーターバッグを持ち上げた数秒後に吹く一陣の風!(いえ、その前から少しずつ風が強まっていたのは感じていたのですがね。)

えぇえぇ、飛んでいきましたよ尻軽女チェアゼロが!燃えさかるウッドストーブめがけて!そしてこうなりましたよ!それはもう大急ぎで救出したんですけどね!qあwせdfrtgyふじこlp;@:「」!!!!

・・・はぁ、凹みますなぁこういうの。軽いから飛びやすいってのが分かってて、わざわざグランドシート買って、重しまで置いてたのに。とはいえ、座って座れないこともなかったので、気を取り直してコーヒーを飲み、穴の開いたいすに座り、ややしばらく呆然としてから、力なく家路につきましたとさ。とほほん。(←「パチスロ一人旅」より)

  

家に帰ってから頼みの綱の「ゴリラテープ」で修繕。まだまだ使いますよええ!

世の中にはこういう時に使うと便利な言葉がありますね。「それも味のうち」それではまた、お時間があれば読んでやってください。